イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

温帯でとこなつ体験

先日、新しい足が来た。

つまり義足ができた。

義足を着ける前と着けた後で、

近所で時々会う人の反応が違うんじゃないかと思ったが、

あっけないくらい何の反応もない。

 

足を見て、「おっ」と言われたら、

「いやあ、じつは生えて来たんですよ」

と冗談を言おうと楽しみにしていたのに、その機会はまだない。

こんなの、人生で一度あるかないかの機会なのに……

 

と、そんなどうでもいいことは置いておいて、

 

ここずっと面白く思っているのが、

人生で初めて、温帯気候の冬を過ごしている、

シベリアっ子の夫の反応。

 

家の中では寒がってばかりいるのに、

外に散歩に出ると、10度を切る温度でも、

「まったく楽園だ」

「暑いぞ!」

「もう初夏みたいだ」

などと、嬉しそうに言っている。

 

そういう感想ばかり聞いていると、

自分まで常夏の国にいるような気がしてきて、何だか愉快だ。

私が、零下20度なんて当たり前の

シベリアの冬を最初に過ごした時と同じくらいの驚きを、

きっと今、味わっているのだろう。

 

シベリアっ子にとっては、

冬に家の庭でみかんが実っていることはもちろん、

冬に外で花が咲いていることも、

かなりびっくりすることなのだ。

 

でも静岡県人としてはそもそも、

庭にみかんがなっているだけで、

「おおおー」と驚かれること自体が、

けっこうな驚き。

 

とはいえ、物は見よう。

見慣れた温帯の冬を、

冷帯に住む人の目で眺め直してみると、

ひだまりの明るさや温もりが、

ちょっと非日常的にありがたく感じられたりして。

 

狂ったり、狂わせたりの季節感

カルチャーショックならぬ、気候ショック。

人ってほんと、

さまざまな環境を

さまざまに生きている。