イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

開店一週間目の抱負

スラバのネットショップ、slavacarotteshop.comが開店してから、はや一週間。

今日やっと、業務用メールアドレスが

全然機能していなかったことに気づいた。

気づくのが遅すぎる……。

格闘すること3、4時間、何とか問題は解決。

決済関係は専門業者のサービスを利用しているので安心できるのだが、

サーバーやメールは自分で設定せねばならなかった上、

やはりただのサイトと違い、ネットショップは気を遣う点が多かったので、

つい、見落としていた。

大反省。。。

 

お店はただ開くだけじゃダメ、関心を持ってくださりそうな方が

ちゃんとお店にたどりつけるようにしなきゃ、という、

自分でも重々承知の、至極ごもっともな指摘をあちこちから受け、

その対策としてSNSというものをいろいろと研究してみるのだが、

この活用が、また難しい。

 

まず、第一関門

私はIT音痴。スラバは輪をかけて音痴。

 

第二関門

私たちは日露間を行き来する生活で、

しかもロシアでは、世界的に有名なSNSの多くが使えない。

たとえVPN活用で乗り切れたとしても、接続はたぶん不安定。

 

第三関門

機材面で、まだまだ必要最低限のものしかない。

 

第四関門

世にもてはやされているインスタなども続けるべきだとは分かっているが、

インスタは美しく更新するハードルが高い上、今は以前のように更新を丸投げできる人がいない。

それ以前に、すでに自分のツイッター、フェイスブック、ブログに加え、

スラバのサイト2つ、ブログ、ツイッターの管理や更新であっぷあっぷしている。

 

第五関門

スラバにもっと任せたいが、彼はまだ日本語で投稿できない。

 

第六関門

私はPCやスマホの画面を見過ぎると目がかすむ。

 

第七関門

基本的にスラバも私もできれば創作に没頭したいタイプ。

 

虹のように重なるさまざまな関門を超えて、向こう側にいけるのはいつの日か。

全部クリアは無理でも、せめて、三つくらいはクリアしたい。

先は長い……

 

いや、降参してしまえば短いのだが、

ここは私らしく、のんびりマイペースで、

でも、ほどよく鈍感かつ向こう見ずに……

 

 

 

 

 

 

 

「ユーラシア後ろ歩き」、第二回掲載

都築響一さんの会員制メルマガ(有料)、

roadsiders.com

の最新号(2024年02月21日 Vol.585)に、

現在連載中の「ユーラシア後ろ歩き」の第二回が掲載されました。

タイトルの名に恥じぬよう、悪夢や風邪にうなされながらも動き続けます。

時間も空間もダイナミックに越えていくわりには、行き先が謎ですが。

貴重な(?)ビデオもぜひ。

 

先回出演した深夜便の聞き逃しサービスのリンクも貼りたかったのですが、

締め切りや開店準備に追われているうちに、

配信の機嫌が過ぎてしまったようです。

ごめんなさい。

 

Slava Carotte Shop がいよいよオープン!そして、吉田寮と旅の話。

今日は、おめでたい日です。

いよいよ、スラバのアート・グッズを売るネットショップ

slavacarotteshop.com

が開店しました。まずは春まで開店してみます。

その後も注文は受け付けますが、

秋まで商品の発送はできない可能性が高いです。

 

準備には、長い長い時間がかかりました。

「3歩進んで2歩下がる」どころか、

「3歩」も「4歩」も戻らなきゃいけないことがあり、

泣きべそかきかけたこともありました。

 

私はIT関係が大いに苦手で、

新しい電子機器やソフトなども、

最後の最後、

使わないとどうしてもぜったいに不便、

というところまで追いやられないと、

使い始めないことが多いのです。

 

ノートブックパソコンやスマホを買ったのも

周りよりだいぶ遅かったし、

電子書籍も、海外にはあまり本を持っていけないという事情から、

他に選択肢がなくなるまで、ほとんど買いませんでした。

 

だから、そんな私がネットショップを頑張って開いたのも、

正直に言えば、必要に迫られたため。

 

フリーランスは収入が不安定というのは、よく知られていることですが、

私たちはそれに「移動が多い」という不安定さも加わります。

しかも私は足が悪いし、スラバは日本語がまだまだ。

住んでいるのも地方都市の端っこ。

 

そうなると、何か自分で新しいことを始めねば、

という気持ちになり、思いついたのがネットショップ。

でも、Eコマースなんてまったくの専門外なので、

始めようとは思っても、

なかなか勢いがつかずにいました。

 

ちょっとずつ情報を集めたり、

売れる商品を準備したりはしても、

なかなか開店にまでは至らず、

うろうろぐずぐず。

 

重い腰が上がったのは、年初のこと。

新しい連載のテーマが「旅」だったこともあり、

スラバも私も、ものすごく

「もっと旅に出たい!」と思ったからです。

それならば、ちょっとずつでも何かしないと。

 

そう思っていた時に飛び込んできたのが、

吉田寮をめぐるニュース。

 

吉田寮をめぐる訴訟で、寮生が勝訴したのです。

建物の老朽化を理由とした

大学側の明け渡しの要請に応じず、

吉田寮に住み続けていた寮生が、

大学側から訴えられていたのですが、

このたびの判決で、住み続ける権利が認められたのでした。

 

ちなみに、感覚的なものですみませんが、

吉田寮、老朽化していて補修もぜったいに必要とはいえ、

もともとはいい建材を使っているので、まだ結構丈夫そうです。

阪神大震災の時も、壁の土が少し落ちただけでした。

当時のルームメイトなどは、目も覚まさなかったほど。

 

吉田寮を出た後に住んでいた民家の方が、柱は細かったし、

人が歩いた時の振動などもずっと大きかった、

という記憶があります。

 

今年のお正月に一度、吉田寮を見に行っていた私は、

心から寮生を応援していたので、

判決を聞いて、とてもほっとしました。

たまには未来に希望が持てることも起こるものだ、と。

 

直後にナワリヌイが死んで、

嬉しさは相殺されてしまったけれど……

 

なぜこの話を出したかというと、

じつは私が学生時代に吉田寮に住もうと思ったのも、

旅に出たい気持ちと関係があるからです。

 

古い建物が好きというのも大きな理由でしたが、

寮に住むことで住居費を浮かせて、

遠くへ旅に出たいと思ったのです。

 

妹二人が大学進学を控えていて、

無駄遣いは厳禁だとはわかっていたけれど、

私はいろんな世界が見たくてたまらなかった。

つまり、とっても海の向こうを見に行きたかったのです。

 

ロシアから日本に帰るたびにつくづく思うのは、

日本は「ただ暮らす」だけでお金がかかりすぎる、ということ。

光熱費も水道代も食費も、何でこんなに、と思うほど高い。

 

その高さに圧迫されて、仕事や趣味に関わる出費、例えば

定期購読しているものや習い事や取材旅行などを

諦めなきゃいけなくなったりすると、

何とも言えず悔しい。

 

学生なら余計に悔しいはずです。

だって、いちばんいろんなことに興味を持ち、

あれこれ吸収すべき年頃なのだから。

 

仕事の経験を積んだ者なら、それを生かして仕事をすれば、

何とか状況は好転するかもしれないし、

親がお金持ちの学生だって、何とかなるかもしれない。

でも、そうでない学生は、

「やりくり」のためのバイトで忙殺されてしまう。

ただ「普通に暮らす」ためだけのために。

 

だから、世の中には、吉田寮のような場所が必要なのです。

無くても何とかなるけれど、

あった方が絶対にいいのです。

 

というわけで、そんなに甘くはないでしょうが、

ショップの運営も頑張ります。

 

 

 

新連載『ユーラシア後ろ歩き』開始

突然ですが、今日から新しい連載、

『ユーラシア後ろ歩き』

が始まりました。

今回は、時間も空間も超えて旅します。

ROADSIDERS' weekly(有料メールマガジン)

 

昨年のブログで「いつかどこかに続く」と書いた、

空港での出来事やその先も出てきます。

 

今回の大事なテーマは、ニコライ・レーリヒの足跡なのですが、

今日まったく偶然にも、イルクーツクの敬愛するアーティストの友人から、

「じつは今、レーリヒをテーマにした展覧会を開いている」という知らせが。

正直、かなりびっくりしました。

 

そもそも、私のかつて訪れた土地の多くが、

「たまたま」レーリヒも訪れていた土地だった、

というのがこの連載を始めようと思ったきっかけだったのですが、

こちらも、偶然でありながら、ただの偶然とは思えない一致です。

 

まるで「偶然はただの偶然じゃない、諦めず、そのまま追い続けろ」

と背中を押されているような気がしました。

 

というわけで、有料で恐縮ですが、興味のある方はぜひご笑覧ください。

 

 

ラジオでのお話と、浜名湖でのクレシェーニエ

まず、お詫びです。

年末に祖母が亡くなり、急遽喪中となったため、新年のご挨拶ができず、申し訳ありませんでした。

98歳の大往生。大晦日がお葬式となったため、心の沈む年越しとなりましたが、

祖母は大正が昭和になるほぼ一カ月前に生まれた人なので、年の変わり目に亡くなったのも、祖母らしい気がしました。

祖母の思い出については、また別の機会に書いてみたいと思います。

 

そんなこんなで気分が落ち込んでいたこともあり、ご報告が遅れてしまって申し訳ありませんが、

先週の土曜日朝に、NHKラジオマイあさ!の「海外マイあさだより」というコーナーに出演しました。

こちらで聴き逃しサービスを聴くことができます。残り11分30秒くらいのところから、始まるようです(2月10日(土) 午前5:55配信終了)。

プレーヤー | NHKラジオ らじる★らじる

今回は、寒い話題となってしまいました。クレシェーニエについては、

以下の記事でも触れています。

ロシアのお清め「クレシェーニエ」 - イルクーツクの風の音

 

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思い返せば、この記事を書いた時はまだ、新型コロナの流行は深刻ではなく、戦争も始まっていなかった。
あの時ののどかな雰囲気が、今は懐かしい。

ラジオでは、効果に懐疑的な意見も盛り込んではみたけれど、

健康への影響や安全性に十分気を付けることができれば、

やはりクレシェーニエは興味深く、継承する意義もある行事かもしれない。

 

何せ、冬に冷たい水の中に入るのだから、気分はどうしてもしゃきっとする。

初心に戻って、今年も頑張ろうと思わせる効果もありそうだ。

 

うちのスラバなどは、ここ数年、ずっとクレシェーニエの行事をしていなかったので、

今年こそは!と意気込んでいた。

だが、向かったのは、アンガラ川でもバイカル湖でもなく、

浜名湖!

まあ、しかたない、今は日本にいるのだから。

 

じつはここ数年、クレシェーニエの時期になるたび、

スラバは口では「水浴びに行くぞ」と言っても、

実際には行かないことが続いていた。

そのため、申し訳ないが、私はかなり疑っていた。

人の目は気にしないのは知っていたが、シベリアっ子は意外と寒がりだ。

「シベリアっ子は、寒さに強いのではなく、寒さに備えるのが上手なのだ」

というのがスラバの口癖。

 

だが、今年は本気だったらしく、浜名湖畔に着くと、

スラバは何のためらいもなく服を脱いで、

水のなかに入って行った。

 

驚いたのは、近くにいた地元の人である。ある写真愛好家のおじさんなどは、

「びっくりしたー、俺、地元出身で、子どもの頃からここによく来てるけれど、冬に泳いでいる人見たのは初めて!」

と興奮しながら、スラバをパチパチ写真に収めていた。

 

寒中水泳の風習などない土地だし、そりゃ当たり前だ、と思いつつも、

私はちょっぴり不安にもなった。

スラバ、画家としてでなく、こういう人として、

地元で有名人になってしまうのでは……

 

軽いあきらめを感じつつも、思い直す。

一応、温泉もある観光地とはいえ、

風の強い冬にわざわざ水辺を歩く人は少ない。

目撃者なんて多くて3、4人。

 

それに、後で写真をみて、うなった。

広大な水と空の中に、逆光でスラバの頭と上半身が入ることで、

ちょっとした神々しさまで感じるほど、

荘厳な風景になっていたのだ。

これほど広々とした「聖なる水」を独り占めするなんて、

なかなか爽快。

賑わいには欠けるけれど、こういうのも悪くない。

 

宗教的風習って、場合によっては、その宗教が主流でない場所の方が、

個人の内心のものとして、純粋さを保ちやすいのかもしれない。

 

友人が行くからとか、みんながやっているから、といった同調圧力は皆無だし、

何より静かに好きな時間だけできる。

 

水着も勇気も無いので真似できなかった私も、

生まれ変わった気分だけはおすそ分けしてもらい、

今年からはもう少しちゃんとブログを更新しよう、と心に決めた。

 

 

 

 

イルクーツクゆかりの監督たちの今

先回、NHKのラジオ深夜便でお話しした内容、聞き逃しサービスで聴くことができます。19分くらいから始まります(12月23日(土) 午前1:00配信終了)。

https://www.nhk.or.jp/radio/player/ondemand.html?p=0324_05_3907738

☆☆☆☆☆

ラジオでロシアの映画事情を話した直後、

とても残念なニュースが耳に入った。

拙著『シベリアのビートルズ』でも少しだけ紹介した、

著名な舞台監督であり、その映画「Euphoria」が、

ヴェネチア映画祭のコンペティション部門で

ノミネートされたことでも知られるイワン・ヴィリパエフ監督に、

なんと懲役8年の判決が下ったというのだ。

理由はロシア軍に関する虚偽の情報を流したということらしい。

 

じつは、ラジオでも話したように、

イルクーツクは有名な映画監督を何人も輩出していて、

ヴィリパエフ監督もその一人。

しかも「Euphoria」の主演男優は私たちの友人で、

早世が惜しまれたアニメーション作家のマクシム・ウシャコフ。

彼が生きていたら、とても悲しむことだろう。

 

ヴィリパエフ監督は、劇場での売り上げの一部を

ウクライナへの人道的援助のために寄付したりしていたらしい。

ロシアに帰ればすぐに懲役が科されてしまうようなので、

もうロシアに帰ることはないのかもしれない。

 

ちなみに、ヴィリパエフは私より1歳年下、ウシャコフは生きていれば1歳年上。

50歳前後の、まさに同年代だ。

 

じつは、同じくイルクーツク出身のアレクサンドル・ソクーロフ監督も、

映画の制作と公開を禁止されたことから、

この12月に引退を表明した。

今年の10月に、

最新作「独裁者たちのとき」のモスクワの映画祭での上映が

中止になったことも話題になったが、

なんと制作まで禁止されていたとは……。

 

イランのジャファル・パナヒ監督や、その息子のパナー・パナヒ監督などのように、

車に乗りながらこっそり撮るというのも、制約が多くて大変そうだけれど、

やっぱり何らかの形で作品を撮り続けてくれれば、ファンとしては嬉しい。

たとえ映画が撮れても、発禁作品だと、観られる機会は乏しいかもしれない。

それでも、「いつかは観られる」と信じることができる。

 

一見、あまり変わらないようでいて、

その差は、やっぱり大きい。

 

NHKラジオ深夜便に出演&本が十箱届いた師走

直前で恐縮ですが、今晩0時台のNHKラジオの番組「ラジオ深夜便」でイルクーツクのエンターテイメント事情についてお話しします。

 

今は帰国中なのですが、日本での拠点に先日、

北京で預かってもらっていた本が段ボール10箱分ほど届きました。

そうなると、保管スペースのこともあって、

十数年、延ばし延ばしにしてきた遺品整理にも重い腰を上げざるを得ず、

その上、翻訳関係のさまざまな仕事も重なって、

なかなかカオスで多忙な師走を過ごすことに。

 

そんなこんなで、あと数日は眼前にある用事の処理に追われそうです。

ここで書きたいことも、原稿にまとめたこともたくさんあるのですが、

そして、それらは必ず書かれなければならないのですが、

それはちょっとの間、後回し。

 

自分の不器用さに呆れますが、

本当に大事なものだけを残し、本の山を整理することで、

「自分の書斎」のようなものを作っていくのも、

物書きには大切な時間なのかもしれません。

たとえその書斎が、こちらでの拠点に過ぎず、

イルクーツクにも自分の拠点を持ち続けるとしても。

 

本棚をどうするかも、頭の痛い問題でした。

学生時代なら、研究室の廃棄したものなどをタダでもらい、

しかもそれを指導教官にお願いして車で下宿まで運んでもらったりしてました。

今思えば、何とも厚かましい学生だったわけですが、

増え続ける本を前に、他に手段がなかったのです。

さすがに今は、そんな僥倖や身に余る親切に頼ることはできず、

中古にせよ、新品にせよ、買わなければいけません。

仕方なく、2日ほど各種サイトとにらめっこして、2つ購入。

 

入れ物も大事ですが、さらに大事なのは中身。

これから私は能力的、時間的にどれだけの本を読めるのかも考えつつの、本棚整理。

年々衰えていく視力のことを考えると、

活字の小さい昔の本をどうするかは、じつに悩みどころ。

20歳前後の頃と比べて、やっぱり30年の差は大きいと思わざるを得ない、

ため息の師走です。