イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2025多田麻美

取り急ぎお知らせ

他の締め切りに追われ、またうっかりしてしまいました。すみません。
間もなく(土曜の朝5時台)こちら「NHKラジオマイあさ」でお話しします。
https://www.nhk.jp/p/my-asa/rs/J8792PY43V/episode/re/LXV6LXZ393/

もう一つ

自分でもびっくりのお知らせですが、

スラバがこちらイルクーツクで

1週間後に

ポスター展を開くことが決まりました!

決まったのは何と2日ほど前!

 

実はこの緊急ぶりも

今回ラジオでお話しする内容と

少し関係があります。

 

詳細は次回、お話しさせていただきす。

中国寄り道コラム第3回と「水源地」への投稿など

長らくブログをお休みしてしまい、申し訳ありません。

イルクーツクに戻る前、そして戻った後もしばらく、

バタバタと慌ただしくしていました。

 

イルクーツクは、来たときは雪がちらつき、

気温も0度から1桁の日々だったのに、

今日はもう日中28度。

3日ほど前までダウンのコートを着ていたと思ったら、

今はもうTシャツ一枚でいいかも、というジェットコースターぶりです。

 

季節が晩冬から初夏へと、猛ダッシュで駆け抜けていく中、

先日の中国滞在中に気づいたことなどを記事にしてみました。

文化をめぐるビジネスの今|集広舎

 

移動の前後、動画編集の勉強やラジオ深夜便への出演、

「水源地」web版(2026年春号)への投稿などに取り組んでいました。

この記事については、末尾を書いた後、

「平和」を当然の権利でなく、

運が良ければ訪れる「幸運」としか表現できない現状に

少し落ち込みました。

今年はもう少し人々の声が上に届く社会になれば、

と願うとともに、

日本までそんな世の中にならないよう、

できることをしていきたいと思います。

動画三昧の春と青梅の梅

それどころではないのですが、

じつはここ2カ月、動画編集に夢中でした。

こちらは著作権フリーの素材だけを集めて作った課題用動画。

まだまだ未熟でお恥ずかしいですが、

素人は怖いものなし、ということで
ネコ好きの方は?ぜひどうぞ。

 

青梅は猫の町と言われていますが、

いよいよ私も憑りつかれたようです。

 

youtu.be

 

話は変わり、

青梅の春はさすが、梅三昧の春。

有名な「梅の公園」はもちろん、

町角のあちこちに梅が植えられているお陰で

何気ない日常までどこか華やかに。

世界情勢がどんどん常識で測れなくなっていくのとは

何とも対照的な穏やかさ。

 

梅も人もそうですが、浮つきすぎず、

地面に足をつけたまま、でも精いっぱいのことをする、

というのが大事なのでしょう。

 

 

『中国寄り道コラム』第2回掲載のお知らせとラジオ出演について

長らくブログが更新できず、申し訳ありません。

ここずっと、以前から進めているプロジェクトの仕上げや、

新しいプロジェクトの下準備に加え、

さまざまな雑用やアレルギー症状などにも煩わされ、

ちょっと途方に暮れていましたが、

一歩一歩、何とかこなしているところです。

最近、いろんなことに対してストレスや無力感を覚えた時、

一番いい克服方法は、何かを学び始めることだと気づきました。

どうせ消えることのないストレスをポジティブなものに変えると、

だいぶ楽になるようです。

 

そんな中、お陰様で先月始まった集広舎のウェブサイトの不定期コラム

『中国寄り道コラム』も第2回が掲載されました。

久々に訪れた広州は、相変わらず活力あふれる町でした。

 

また、こちらもお知らせが遅くなってしまいましたが、

先週の土曜朝に、NHKラジオマイあさ!にも出演しました。

聴き逃しサービスにて3月21日(土)午前5:50まで聴くことができます。

プレーヤー | NHKラジオ らじる★らじる

時節柄、最後はやっぱり市民からの銃器の回収という、心が沈む話題となってしまいました。

治安の問題はとても身近なものなので、

生活者の視点から見れば、銃の回収は喜ぶべきです。

でも、こちらで集められた銃が、あちら側で戦争に使われるとなれば、

悲劇以外の何物でもありません。

 

もちろん、猟銃は機関銃とは違うので、

行き先は最前線ではないかもしれませんが、

いずれにせよ、脅したり監視したり見張ったりといった

暴力的な行為に使われるはずです。

 

早くこんな恐ろしい話題を

語らずにすむ時代になってほしい。

心からそう思います。

 

Nの週末

祝日を含めたこの週末は、

つくづく文化と政治の関係について考えさせられた。

 

まずは昨日訪れた、

グリーンランドのバンド「ナヌーク」の無料野外ライブ。

北欧風の音色に民族音楽的な要素が結合した、

少し内省的で、でもたいへん心地の良いサウンドは、

事前にデジタル音源でも耳にしていたものの

生で聴くと、その曲や演奏の完成度の高さに改めて感激した。

 

会場も良かった。

高円寺の気象神社という、

街角にふと現れる神社の敷地の一角。

 

かつて京都の法然院で篠笛のライブに行った時も

夜のお寺に澄んだ笛の音という

ダブル効果で醸し出される幽玄さが

深く印象に刻まれたが、

春の気配漂う朗らかな神社に

美しいエフェクトのかかったグリーンランド語のロック

というのもなかなかしぶい。

 

しかもその音は、昼の街の喧騒と不思議なほど融け合いつつ

でも、しっかりと聴衆を自分の世界に引き込んでいく。

そんな気さくな感じが心地よくて、

ずっとずっと聴いていたかったほど。

 

もちろん、今、グリーンランドと聞いて、

誰もが思い起こすのは、トランプ大統領による併合騒ぎ。

だから、ただ心地よさに身を任せてばかりもいられない。

心の中で、グリーンランドの人々が今後もずっと、

戦争や侵略などに遭わず、幸せでありますように、と祈る。

 

ちなみに、

その前日に訪れた展覧会も、熱量では負けず劣らず。

 

それは早稲田大学奉仕園スコットホールで

27日まで開催中の写真展「ナワリヌイ」。

こちらは大学の敷地の一角にある

洋風の建物の半地下の空間が会場だった。

 

写真家エフゲニー・フェルドマン氏が切り取った

ナワリヌイ氏の活動風景の飾り気ない断片たちは、

かつてロシアの市民たちに

有力な政治的選択肢を示した人物の、

粘り強く、確固とした信念に支えられた活動を

効果的に印象付けていた。

 

正直、私はナワリヌイ氏がかつて口にした

民族主義的な発言に、まったく賛同できない。

だが、彼の活動の断片を眺めているうち、

ナワリヌイを支持していたイルクーツクの人々の

希望に満ちた顔が目に浮かび、

彼にはやはりロシアを良い方に変える

エネルギーがあったのではと

感じずにはいられなかった。

 

生き生きとした写真にはそんな、

目に見えないものをあぶり出す力があったのだ。

 

ナワリヌイの崇拝者たちは、

彼の良い面やポジティブな力を強調し、

彼の姿を新しい世代の自由と平和のシンボル、

つまり未来を託せる存在だと信じていた。

その信念がもたらした、プラスのエネルギーは、

やはり評価すべきだ。

 

 

偶然だが、ナヌークもナワリヌイもNで始まる。

実際には何の接点もない両者だが、

彼/彼らの背後に、彼らを支持しつつも、

大きな声は上げられないN人の市民がいて、

それぞれが自由と平和を願っているという意味では、

似ているのかもしれない。

 

そして私も希望を持ち続けよう。

N人の市民の一人として。

 

 

新・不定期連載「中国寄り道コラム」スタート

以前、ロシア人にはあまのじゃくスピリットがあると書きましたが、

じつは私もちょっぴりあまのじゃく。

そこで、こんなコラムを始めてみました。

 

集広舎「中国寄り道コラム」

 

日中関係はいつも、ものすごく近くなった、

と思った矢先に急激に遠ざかる気がします。

 

今回も、中国から日本への移住者が増え、

やっと鑑真号も再び運航し始めた頃に、

ピシャリと扉が閉じた感じです。

 

そんな逆境にこそにこそ生かしたいのが、

あまのじゃく精神。

 

航空券のサイトを見るたび、

物理的にいつまで続けられるかという不安は過ぎりますが、

 

昨今の政治情勢を前に、

たとえ一粒ずつでも何か、

実のなりそうなものを植えていきたいと思います。

 

スラバ・カロッテ個展「シベリアの面影」無事閉幕

ご報告とお礼が遅くなってしまいましたが、スラバ・カロッテ個展「シベリアの面影」、21日水曜に無事閉幕しました。

 

ご来場くださった皆様、関心を寄せて下さった皆様、本当にありがとうございました。

会場での充実したひとときを何とか伝えたくて、写真の一部でコラージュを作ってみました(プライバシー保護のため、サイズは敢えて小さくしてあります)。

 

今回の展覧会では、「人はいろいろな言葉によって生かされている」

ということをつくづく感じました。

スラバの作品にまつわる嬉しいご感想はもちろん、

心休まらない情勢を思うと、

「イルクーツクに行ってみたくなった」とか、

「ロシア語を学びたくなった」といったお言葉も、

とても貴重でありがたく感じます。

 

展覧会の運営については、

まだまだ至らない点もあるかと思いますが、

たとえゆっくりでも、スラバとともに、

一歩一歩、前に進んでいこうと思いますので、

これからもどうぞよろしくお願いします。

 

ちなみに、言葉に力をもらうというのは、

とりとめのないおしゃべりも同じです。

 

今回も例えば、ロシアや中国に興味がある方々と

旅や現地の状況について話したり、

 

ミュージシャンや美術家の方々から、

東京の表現空間についてうかがったり、

 

果ては長年、ジャズの批評をされてきた専門家の方から、

ジャズをより深く聴くのに役立つ知識をいただいたりして、

 

刺激に満ちた、気づきの多い時間を過ごさせていただきました。

 

場所柄、もちろん絵の背景の説明もしましたが、

こればかりは強引でない範囲で。

静かに鑑賞したい方もいらっしゃると思うからです。

 

ただ、シベリアはさすがに近くて遠い外国。

映画や小説と同じで、ちょっとした背景の説明が、

絵の世界をより身近にする、ということはあると考え、

描かれている場所の歴史や環境、近年の変化などは、

できる限りお話ししました。

 

老朽化した建物が数多く残るシベリアでは、

今ある場所が明日は消えているということも、しばしば。

人や環境の変化もけっこう激しいものがあります。

 

現代には「写真」という手段もあるけれど、

何かを伝える手段は多いに越したことはありません。

絵画の紹介や、エッセイ、物語、小説などを通じても伝えていけたら、

と思う今日この頃です。