イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

あぶらであっぷあぷ

最近、あぶらとのつき合い方についてよく考える。

一般的には、あぶらってあんまり体によくない、と思われているけれど、

悪者扱いばかりしていたら、ロシアに住むのはちょっとたいへんだ。

 

いや、料理に炒め物が多い中国でだって、

あぶらとつき合うのはたいへんなのだけれど、

中国には、さまざまなタイプのさっぱりおかゆや、安価な果物、

そしてミルクなしのお茶など、ちょっと胃を一休みさせられる

「あぶらレス」な飲食物がある。

 

でも、ロシアにはそれがほとんどない。

おかゆだって、まず牛乳を沸かし、穀物と砂糖、塩を入れて作る。

仕上げにはバターまで入れる。

 

最初にその作り方を教わった時、

「胃腸の調子が悪い時はおかゆを食べるべき」という、

それまでの自分の常識は、いっきにガラガラと崩れ去った。

 

夫のスラバなどは、油なしのスープも苦手な模様。

ボルシチにスメタナやマヨネーズを入れるのに慣れ切っているせいか、

味噌汁にもマヨネーズをがばっと入れる。

初めて見た時は、思わず悲鳴をあげてしまった。

 

 

辛い物や濃い味のものはあまり食べず、

おおむね、やさしい味が好まれているように見えるロシアでも、

そのやさしい味の後ろには、

「こってりあぶら」が期待されているのだ。

 

冷菜だって同じ。

サラダにせよ、あえ物にせよ、

油なしのものはほとんど思いつかない。

箸休めのような役割の一品として用意する、

刻んだキャベツやにんじんだって、あぶらで和える。

 

サンドイッチもバターこってりのことが多く、

ごちそうとされているイクラのオープンサンドにしても、

かわいらしく並ぶイクラの下にはたいてい、

ふっくらとした座布団のように、

バターが厚く敷かれている。

 

やっぱり、私もここは腹をくくって、

「アザラシ」を目指すべきなのだろうか。

たっぷりと蓄えたあぶらで、寒い冬を乗り切るアザラシ。

筋肉より、皮下脂肪で勝負のアザラシ。

 

でもたとえ、立派なロシアンアザラシになって、

ロシア料理のあぶらの海、バターやサラダ油や乳脂肪の海を

わが海とばかり、自由気ままに泳ぎ回れるようになったとしても……

 

重油の海は泳ぎたくない

どんなことがあっても

 

こんなわがままを言うのは、本当に本当に申し訳ないけど、

「あぶらの海」に想像をはせていたら、

ニュースを聞いて以来、どうしても心の隅から追いやれない、

心痛む風景が思い浮かんでしまった。

 

もちろん今回の重油流出はあくまで「事故」で、

わざとではないわけだけれど、

「千トン流出」って、想像を超える!!

千リットルじゃなくて、千トン!!!

 

便利で快適な文明社会を維持するためとはいえ、

無辜の大自然に、ここまで大きなリスクを背負わせていたとは。

重油の海で生きるなんていう、過酷な環境を、

何の罪もない海洋生物たちに強いている人間って、

やっぱりすごく残忍な生き物だ。

 

石油に頼らない世界を作るのが一番だが、

私にできることって、あるんだろうか。

将来、丸々と肥えたあざらしになった私から

たっぷりあぶらを搾りとってもらったとしても、

そんなのじゃぜんぜん足りない(涙)