イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

カウボーイブーツのおじいさん

カウボーイブーツとジーンズが好きだったミハイル・プロハラビッチ。

70歳を迎えても、おじいさんと呼ぶのがためらわれるほど、若々しかった。

現代美術のアーティストであるとともに、ハーモニカやギターを得意とするミュージシャンでもある、

という多才な人だったのに、

チューインガムを丸めてテーブルの上にくっつけるのが好きで、

いつまでも、そのいたずらっぽい癖をやめなかった。

 

博学多識で、クロスワードを速攻で解いてゆけるほどの、

ボキャビュラリーの多さ。

その語彙力を駆使して話をしてくれるので、

私などは、しばしば言っていることが分からなくて悔しい思いをした。

 

とくに好きだったのは、禅の話。

輪廻転生を信じていて、死についても達観していた。

「死んだらどうなるのか、自分の目で見るのが楽しみだ」

とさえ言っていたほど

 

しかし、本当にあの世に逝ってしまうと、

やはり残された方はにわかには信じられないし、とても寂しい。

だって、つい一週間ちょっと前までは、

自分でホスピスの階段を上ったり下りたりしていたのだから。

 

写真嫌いだったので、遺影を探すのはとてもたいへんだったし、

凍った土を掘り起こして準備してあった墓穴にいざ、お棺を収めようとすると、

なぜかなかなかサイズが合わず、参列者をハラハラさせた。

でも、そんなあれこれも、プロハラビッチのいたずら心と、

まだまだ残っていたはずのこの世への未練を感じさせ、何だか彼らしかった。

 

とくに、何度も墓穴を掘り直さねばならないなんて、

こちらの人にさえ

「こんな状況を見たのは生まれて初めて」

と言わしめるほど珍しいことらしく、

彼が特別に準備した、

最後のパフォーマンスだったんじゃないか、と思ってしまう。

 

最後に、メッセージ。

ちっともおじいさんらしくなかったけれど、

肉親の祖父のような親しみを込めて、

おじいさんと呼ばせてください。

そして、転生がどんなものか、

いつかこっそり夢の中で話してください。