イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

筋違いのバヤン芸人

ロシアで人気のある楽器に、バヤンがある。

いわばロシア風の、大きくて重たい、ボタン式アコーディオン。

繁華街で流しの音楽家が弾いていたり、

パーティーで参加者の誰かが弾いて場を盛り上げたりする。

ロシアではバラライカと並び、民族楽器としても存在感たっぷりだ。

 

私はそもそも、フルートや横笛などの笛系に長く親しんできたので、

ボタンを押すだけでいろんな和音が出せる、というバヤンの特徴には

ただ弾くだけで顔がにやけてきてしまうほどの魅力がある。

 

なにせ、笛と同じ、「風」で音を出す楽器なのに、

連続でたくさんの音が一度に出せるのだ。

ぷーぽー、ぱーぽー

ピャーピョー、ピューピョー

何て面白いんだ、と動かし始めた手が止められなくなり、

 

これはちょっとやってみなくては、と、

1年半ほど前、バヤンの練習を始めた。

鍵盤式アコーディオンをちょっぴりかじった経験や、

幼い頃に練習を放棄せざるを得なかったピアノへの憧憬も、

決心を後押しした。

 

練習時間など、奪わねば手に入らないので、

上達はまさにかたつむりの歩み。

でも、いい気晴らしになるし、

重たい楽器ゆえに、動かすのに体力が必要なので、

運動不足が解消できる。

いっぱい指を動かすから、ボケ防止にもなることだろう。

 

つまり、一石二鳥どころか、三鳥、四鳥なのだ。

 

ただ、こちらにはアマチュアでも、

ものすごく上手に弾く人がたくさんいるので、

私などが披露できる機会などあるのだろうか、と思っていた。

多少うまくなっても、ただの自己満足にすぎない、と。

 

だが、ある日気づいた。

日本人の私がこの楽器を弾くというだけで、

けっこう「受ける」ということに。

 

つまり、ちょっとしたきっかけで、簡単な曲を簡単に弾くだけで、

「ええー、何で、あんた、こんなところで、バヤンなんて弾いてるの?」

ということになるのだ。

「日本人の女が、ロシアのど真ん中のシベリアでバヤンやってて、

しかも弾いているのはロシアの歌」

と愉快に思ってくれ、

酔っぱらっていたりするとなおさら、

「うわ、おかしい、ハッ、ハッ、ハッ!」

と笑い転げてくれたりする。

 

ふつうのバヤン弾きは芸で勝負。

でも、私の強みは「受け」!

 

となると、野望がわく。

正統派は無理でも、

だいぶ筋違い(勘違い?)のバヤン芸人なら、なれるかもしれない、

だって、「筋違い」の王道は、上手にならないこと。

下手にうまくなりすぎたら、「受け」ない。

 

ちなみに今、練習しているのは、

ロシアの有名なアニメ、チェブラーシカのテーマ曲。

こちらではみんな知っていて、懐メロ化もしている、

ちょっと哀愁を帯びた可愛い曲だ。

気ままに選んだだけだが、ふと気づく。

「筋違い」系の私には、

けっこう、いい選曲かも、と。