イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

頼みもあだも……

目をちょっと凝らしてみる。

すると気づくのは、小さな変化の数々。

 

半年いないうちに、イルクーツクの町はマイナーチェンジしていた。

例は挙げればきりがないのだが、微小ながら、

けっこう社会の在り方と関わっているものもあったりする。

 

例えば、スーパーのセルフレジや、

乗り捨て型レンタルキックボードの普及。および

容器持参型の量り売りショップの登場。そして、

老朽化したいくつもの伝統建築の取り壊しやリフォーム。

 

つまり、制裁下にありながら、

経済に関わる部分でも、すべてが悪い方ばかりに動いているわけではない。

食品関係はとくに、いろんな外国の商品もしっかり売られていて、驚く。

一部の商品、例えば海外ブランドのお茶や酒などは、

相変わらず日本の地元のスーパーより、断然種類が多い。

 

いろいろな商品が微妙に高くなっているとはいえ、例外もあって、

ガソリンとウォッカはむしろ値下がりしている。

これには、「肝心な」品の値を抑えて、民の反乱を防ぐため、という説も。

 

でもその割に、学校の終業日などの、

学生が飲酒をしそうな祝日の禁酒令は相変わらず徹底していて、

数日前の「イルクーツクの誕生日」も、

かなり厳しくアルコールの店頭販売が禁止された。

 

ただ、バーの営業や開封済みのアルコールの販売は可なので、

店頭でボトルのフタを開けてくれる

クラフトビールのバーに呑兵衛たちが殺到。

そこで私たちもある店へ。

すでに量り売りは売り切れており、

ボトルに詰めて売っているものも、残り僅か。

焦った客が、「誰が開けても同じじゃないか」と、

自分でボトルのフタを開けようとすると、

店員さんが「私が開けないと、首になる」と必死に止めていた。

実際、前任者は客にフタを開けさせたために、解雇されたそうだ。

 

最後の一本が売り切れた時、店員さんは「開け疲れた」手をさすりながら、

ああやっと終わった、と安堵のため息をついていた。

 

この政策、市民を一律に子ども扱いしているようで、何だかなあ、

と思うけれど、ロシアの呑兵衛は

「買った酒はその日にぜんぶ飲むべき」

を信条にしている人がかなりいるようなので、

やはり飲酒量の「瞬間的」コントロールにはなるのだろう。

 

今日、バスにふざけながら乗ってくる青年たちを見て、

この青年たちと同じぐらいの年の者たちが、

今もまだたくさん戦場にいるんだよなあ、と切なくなった。

 

彼らの今が輝いて見えたのは、

それがどんどんと儚いものに近づいているから。

今のイルクーツクでは、人々はどこかせつなせつなを生きている感じで、

頼みもあだも揮発していく。