イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

さようなら、A

根っからのビートルズファンで自由人で飲んだくれ。

酔っぱらいながら弾くから、ギターも歌も、

すごく上手とは言えないけれど、

とても心を込めてビートルズナンバーを弾く友人。

 

そんな友人、Aが、3日前に突然世を去っていたことが、

たまたま道で出会った別の友人との立ち話で判明した。

名のAは、英語風に発音すれば

王様のような名前。なのに、

いつも質素な格好だったし、少なくとも私は、

しらふの姿を見たことがないくらい、いつも酔っぱらっていた。

 

どういういきさつか、鼻が曲がっているので、

同名の多いこちらで「Aって誰の事?」となったとき、気の毒にも、

「あの鼻の折れたやつ」と呼ばれていた。

でもその曲がった鼻も、今思えば彼の個性の一部となっていて、

ある種の味わいまで醸し出していた。

 

最後に会ったのは、たぶん去年、とあるバーの一角で

皆と一緒にポールマッカートニーの誕生日を祝った時。

マニアではあるけれどお金がないのでちょっと肩身の狭い彼と、

マニア同士の会話の波にうまく乗り切れない私が、

テーブルの片隅で、隣同士でひっそり座るめぐり合わせになり、

時折、ぼそぼそと話をした。

音楽の話だったと思うのだけれど

内容がどうしても思い出せなくて、もどかしい。

 

歳が同じくらいという親近感、そして

ビートルズの曲を一生弾いてきたことへの敬意もあって、

いつも酒臭くて、ちょっとよろっとしていても、

ちまたにいるあまたの酔っ払いの中で、

彼は私にとって「憎めない酔っ払い」に入っていた。

 

最後に彼がつまびくのを聴いたのは、

 Norwegian Wood だっただろうか。

うまく弾けないとぼやきながらも、

なかなかしぶく歌ってくれた。

 

彼はあの世でもきっと、

ビートルズを弾き、歌うことだろう。

世のしがらみもなくなって、のびのびと。

 

小柄な彼を思い浮かべながら、

飛び去る時の歌は、

Free as a Bird

なんじゃないかと、想像してみたりする。