イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

シベリアの春の嵐

今日はほぼ一日中吹雪いていた。

でも、パウダースノーではなく、もっと湿り気があって、

すぐに融けるであろう、春の雪。

おとといは、雪がほとんど融けたのをこれ幸いと、

自転車で川辺まで行ったほどなので、

空に冗談を言われている感じ。

そもそも春の気候は日本でも気まぐれだけど、

シベリアの春の気まぐれ度はやはり違う。

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こちらの人がしばしば、禁酒しては酔いつぶれ、酔いつぶれては禁酒して、と

血中アルコール濃度の振り子を目盛り限界まで、

ぐらんぐらん、揺らすのも、

この気候の気まぐれさから来てるんじゃないだろうか。

 

ここからは、個人的な話になるけれど、ビザを取得して暮らしている人には、

ちょっぴり参考になるかもしれない、我が家の「春の嵐」について。

 

実は今、私たちはちょっと宙ぶらりんな状態にいる。

まずは、去年の秋からあれこれ試みている

夫のスラバのビザがなかなか出なかったので、

普段はニューヨークに住んでいて、

この1月にたまたま巡回公演で日本を訪れていたスラバの息子ボバに会えなかった。

私はまだボバに会ったことがないし、

スラバも6年ぐらいボバとは会っていないということで、

日本での再会を楽しみにしていたのに。

彼が所属しているオーケストラの公演にも参上できず、悔しかった。

何と彼は、新婚ほやほやで、お嫁さんを連れて訪日していて、

サプライズで私たちに結婚の発表をして一緒に祝おうと、

首を長くして待っていてくれたらしい。

何て残念なこと!

 

こちらも、もちろんうかうかしていたわけではなく、

3か月待っていた長期滞在ビザの書類が、公演日近くなってもなかなか出ないので、

あわてて追加で短期ビザを申請したら、

「二重申請」だとして却下するよう求められ、

挙句の果てには長期ビザの書類も、

「日本で安定した収入が得られる見込みがない」

ということで発給されなかったという顛末。

私たちは二人とも場所を問わず作品が作れるフリーランス。

フリーランスの生活が楽だとは言わないが、

実際のところは、イルクーツクだって、けっこう物価は高い。

それでも私たちはちゃんと暮らせている。だから日本でも大丈夫。

でもそれを証明するのはちょっとたいへん。

 

心機一転、もう一度短期ビザを申請したら、

先回長期ビザが下りなかったので、短期ビザの申請にも時間がかかり、

しかも必ずしも出るとは限らないとのこと。

正直、「ええええええええ!!!!」

と叫んでしまった。

これまで短期ビザで2回も訪日できていたので、油断した。

日本のビザ制度、複雑すぎる・・・。

 

つまり私たちは、単に夫婦二人で普通に日本に滞在しようとしただけで、

書類の準備にけっこう時間を取られた上、

飛行機も宿も移動WIFIも予約とキャンセルを2回ずつ繰りかえさねばならず、

航空券のキャンセルには、かなりのキャンセル料もとられた。

しかも、今申請中のビザはかりに出ても最低3か月以上は後、ということで、

日本であれこれやりたいと思っていたことが、いつ実現するかも分からない。

まさに泣くに泣けない状態だったが、

人生、どんなどんでん返しがあるか分からない。

 

なぜなら、コロナ禍が世界を巻き込んでいる今、改めて考えてみると、

こちらに残るのは正解なのかも、と思えてくるからだ。

イルクーツクは人口規模が小さく、人口密度も高くない上、

(公式には)患者もまだ出ていないので、

コロナ禍がもたらす緊迫感が少ない。

つまり、人混みさえ避ければ、わりと気楽に暮らせる。

もちろんこれには、「かえって危ない」という一面もあるが、

そもそも今はロシアと日本を結ぶ航空便が減っていて

外国人のロシアへの入国も永住者など以外は5月1日まで禁止という状態。

この5月1日というのは恐らく暫定なので、長引く可能性は大きい。

つまり、今日本に帰ったら私はいつこちらに戻れるかわからない。

となると、かりにスラバのビザが出ていたとしても、

実際に帰国するかどうかは、難しい決断を迫られただろう。

 

コロナ禍のお陰で、

実現しなかった計画へのあきらめがきっぱりつくなんて。

人生、塞翁が馬とは、まさにこのこと。

もちろん、今現在、感染やその恐怖に苦しんでいる方々に対しては、

心から平常な生活に戻れることを祈っているし、

ミラノやローマに住んでいる古い友人たちのことも、すごく心配だ。

それにこちらでもし新型コロナが流行ったら、

たいへんなことになるのは目に見えているので、

他人ごとだと思っているわけでもない。

実際、楽しみにしていたコンサートは中止になったし、

幼稚園や学校が休みになって、

共働きの親が困っているのはこちらも同じ。

働いている人たちの在宅ワークや自宅待機も増えているもよう。

そもそも今日の春の嵐だって、免疫力に影響し、

感染予備軍を増やしそうで、ちょっと怖い。

 

でも、怖がりはじめたらきりがない。

無理はせず、今できることを着実に。

嵐は、いつかかならず終わる。