イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

「ユーラシア後ろ歩き」更新のお知らせとアフターぼやのワイルドライフ

まず最初に、ROADSIDERS'weekly(有料)に連載中の『ユーラシア後ろ歩き』、

移動などでバタバタしていた間に二度ほど更新されました。

今回は、カシュガルが舞台です。

 

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ところで、北京経由でイルクーツクに戻って、はや十数日。

今回の北京滞在では、

ご無沙汰していた友人たちや新たに知り合った方々と食事をし、

胡同や芸術区を駆け足でめぐり、

不在の間に溜まっていた用事も済ませ、

楽しく充実した時間を送った。

 

だが長旅を経て

やっとイルクーツクの我が家にたどり着いた私たちを待っていたのは、

焼け跡!

とそれによって秩序を失ったわが家……

 

ドアを開けると、

部屋も廊下も埃や煤だらけ、

汚れたものが散らばり、加えて壁にはひどい焦げ跡が……

 

昨年、私たちが留守番役を残して去った後、

我が家のキッチンはすぐに小火(ぼや)に遭った。

古い電気回線が何らかの負荷によって発火したらしい。

 

その詳細はともかく、出火した場所が、

たまたま物が集中していた場所だったので、

椅子や棚も含め、焦げた物の数や量は半端ではなかった。

 

しかも、なぜか別の部屋にあった

ソファ・ベッドまでガタガタになっていて、

少し横たわっただけで崩壊!

 

もちろん電気回線も焼けていたので、

しばらくはキッチン、トイレ、風呂に明かりが点かず、

夜は床にマットレスを敷いて寝るという、

半ばキャンプのような生活に。

窓ガラスが一部割れているので、風通しもすこぶる良い。

 

つまり、旅の疲れが癒されるどころか、

旅がさらにワイルドになったようだった。

 

正常な生活に戻すためにやるべきことが山積みなので、

途方に暮れてばかりもいられず、

最初の3日間は掃除に明け暮れ、

今も少しずつガラクタや埃の始末をする毎日。

 

現在は友人のありがたい手助けによって電気が通じ、

埃もだいぶ払われ、

失われた日用品などもだいぶ揃ってきたが、

まだ窓ガラスは欠け、天井板もむき出しのまま。

 

天井の構造が分かるのは面白いし、

発火時点の近くにあった冷蔵庫が、少し外側が融けただけで、

まだ作動することにも、驚いたが、

そんなことに感心している場合ではない。

 

天井がこんなだと、部屋がいつも埃っぽいので、

掃除しても掃除しても終わりがない。

窓ガラスが無いのだって、集中暖房が切れた後や、

風が強い日などは心配だ。

 

そもそも、我が家のキッチンは居間も兼ねていて、

これまでさまざまな友人が集ってきたのも、

おもにキッチンだった。

 

だから、音楽鑑賞に不可欠なオーディオセットがあったし、

いろいろとビートルズ関係のコレクションも飾ってあった。

壁も一面、ポスターやビラやシールで埋め尽くされていた。

それらが今はすべて無いのだ。

DJガーニャのお気に入りのCDプレーヤーも。

冷蔵庫にびっしりと貼ってあったマグネットまで、

いくつも溶け落ちてしまった。

 

スラバはよく、我が家は私自身だ、と言っていたが、

その重要な一部がキッチンだった。

とりわけ壁の装飾やコレクションやマグネットやらに

強いこだわりがあった彼は、

それらが焼けて、かなりショックな様子。

もちろん、私自身も思い出の品をたくさん失ったので、

心穏やかではなかったが……

 

不幸中の幸いは、留守番役もそのガールフレンドも愛猫も隣人たちも

みな無事だったこと。

 

もう一つ貴重だったのは、

小火とはいえ、あれこれ不便を味わい、後始末にも追われたことで、

被災者の境遇が少し身近に感じられるようになったこと。

もちろん、爆撃を受けた家などとは、レベルがまったく違うが、

戦火も含め、家が突然火事に見舞われるとはどういうことか、

これまでは、どんなに想像してみても、

いまいちよく分からなかった。

それが、今は実感とともにいくらか想像できる。

 

やっぱり大切な物がいくつも失われ、

部屋もここまでボロボロになると、

気分が落ち込む。

修復のための資金が十分にはないと、

先が見えず、おろおろするし、

果てしない掃除にも嫌気がさす。

 

自分が痛めつけられないと

人の痛みもなかなかリアルに想像できない。

私もそんな愚かな人間の一人なのだ。

 

でも、失われることで、生まれるものもあるだろう。

カラ元気も元気のうち。

ここは一つ、ユーモアを盾に、

焼け跡からの再出発、とうそぶこう。