イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

笑えない冗談

平和だった頃に立てた、イルクーツクに戻る計画。

長らく延期を余儀なくされていたが、

やっと何とか戻れそうな目途がついた。

こんな時期になぜ戻るのか、と言われても仕方ないが、

生活者として、向こうに家があり、ペットもいる。

ビザや夫の運転免許などをめぐる手続きも待っている。

今後しばらくは、日本滞在の時間を増やすにしても、

それなりの準備が必要だ。

 

イルクーツクの友人たちからも、

「今、帰ってくることは勧められないが、でもやっぱり会いたい」

といった連絡がしょっちゅうある。

 

戦争の当事国の人々と、それ以外の国の人々が、

手軽にSNSでやりとりできてしまう。

今はそういう時代だ。

それだけでも、十分に不思議な感じなのに、

その戦争当事国が、

じつは自分の生活の拠点がある場所だったりすると、

一応、今はまだ平和な国にいるだけに、

何だかリアリティが仮説化されたような、

空間がねじれたような、へんな感じがする。

 

自分がほんとうはそこにいるはずの場所が、

戦火こそ被ってはいなくても、

けっこう大変な、悪い冗談のような情況になっているのだ。

だがそんな時でも、ユーモアを忘れないのが、

スラバの友人たち。

 

「さ、砂糖がない!日本から砂糖買ってきてくれ!」

「ロシアに帰ったら、戦場に呼ばれるぞ、インターネットでカラシニコフの使い方、復習しとけ!」

!!!

面白いけど、さすがに笑えない。

実際、砂糖の値段はすでに以前の1.5倍に跳ね上がっているらしいし、

今は一応、50歳を過ぎた者は軍隊には呼ばれないとされているとはいえ、

戦争が長引いたらどうなるか分からない。

 

お願いだから、一日も早くこれらが、

「笑いとばせる」冗談になる日が戻ってきて欲しい。

もちろん、戦場には、冗談さえ永遠に凍りつくほど、

残酷な現実があるのだけれど。