イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

古鎮・老街 補記4 聖なる古樹の村-広西・黄山編

このたび亜紀書房より出版された拙著『中国 古鎮をめぐり、老街をあるく』の補記、その4です。

 

何でも来いの頼もしさ、古樹にかける俗世の願

 古樹にまつわる記憶を、もう少し書いてみたい。

 ちょうど今から10年余り前、広西チワン族自治区にある大蘆村という村を訪れた。

 まず印象に残っているのは、村の入り口に大きな貯水池があり、その脇で村人たちが、いかにものんびりと寛いでいたことだ。日本でのんびりする、といっても、ほんとうはちょっとした用事がちょこちょこ入ったりして、そんなにのんびりしていないことが多いが、その時みた村人たちは、ほんとうにすべての用事を背後に投げ捨ててきたかのようだった。そう、まさに時間の流れをも止めてしまいそうなほど、寛ぎきっていた。

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 その村で出会った古樹も、これまた忘れがたかった。村の名物とされていて、樹齢は300年以上。しかもいかにも南方らしく、ライチの木だ。

 現地の村人は、この木にライチが実ると、「紅頂が目前に迫る」として尊ぶ伝統があると語る。「紅頂」とは清朝の高官が制帽のてっぺんにつけた珠の色で、出世の象徴だ。そのため、ライチが実を結ぶ6月に村を訪れれば、出世の兆しと出会え、縁起がいいのだそうだ。

 ライチの木は二つの貯水池の間の通路にもずらりと生えていた。昔ライチに対して抱いた「高級グルメフルーツ」のイメージが忘れられない私は、そのライチの並木道を歩きながら、出世の兆しより何より、新鮮な実が食べられないことが悔しく、実がなっていない時期に訪れたことを、心から残念に思った。

 村には、2本の古いクスノキも残っていた。クスノキは中国語で樟樹と呼び、樟の音が文章の「章」と同じだ。そのため、学問に秀でることを象徴し、やはり縁起がよいと言う。うっそうと茂る木の下はまさに村人たちがよもやま話にふける憩いの場。一対の木を村人たちは仲睦まじい男女にたとえていたが、そんな木のおかげか、村人たちも和気あいあいと話をしていて、仲が良さそうに見えた。

 クスノキといえば、安徽省の黄山の近くにある唐模という村では、縁結びをするクスノキにも出会ったことがある。このクスノキは、地元に伝わる演劇「黄梅戯」の代表的な演目、「天仙配」で主人公の男女の縁を結ぶ聖木のモデルにもなったという。「縁結び」という言葉がもつ魅力は日中共通らしい。木の枝には、幸運を祈る無数の赤い紙が結ばれていた。

 古い木に人知を超えた力が宿っているようにみえるのは確かだ。でも、出世や学問成就に縁結び。現世利益への期待をここまであれこれ担わされれば、いくら聖なる古樹でもけっこう大変なんじゃないだろうか。

 いやむしろ、その太く力強い枝は、人々の願いを叶えるべく踏ん張ることで、気力を保っているのかもしれない。

 そう、きっと木にとっても「生きること」は「気合」なんだ。