イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

さようなら、プーフ

先週、ようやく綿毛の季節が終わった。

同じユーラシア大陸にあり、気候にも近い点があるからだろう。北京の春の風物詩だった柳絮や楊絮、つまりポプラ科の木々が放つ綿毛状の種は、イルクーツクでも盛んに飛ぶ。

街路樹や、イルクーツクを守るように街の周辺に広がっている林から飛んできていると思われ、その白くはかなげな綿毛は、こちらでは俗にプーフと呼ばれている。

プーフは、地面に落ちると、互いに絡まり合って、街角の側溝沿いなどに、長々と吹き溜まりをつくる。

すると、安住の場など与えてなるものか、とばかりに溜まったプーフに火をつける、危ない輩がいたりする。導火線のように炎が走るのを見るのが面白いのだろう。

もちろん、通常なら火はすぐに消えるが、そもそも風があるから吹き溜まっているわけで、危なっかしくてたまらない。

 

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イルクーツク郊外の森林

宙を舞っている間は、まるで春の雪のようで、どこか夢幻的でもあるプーフだが、

ひとたびアレルギーになると、鼻の不調や目のかゆみなどをもたらす。

幸い、今はまだアレルギーとは無縁だが、じつは、私も子供の頃、この綿毛のアレルギーに悩まされた。綿毛の飛ぶポプラは私が子供の頃に住んでいたミシガンにもたくさんあったのだ。

俗にはコットンウッドとか、コットンツリーなどと呼ばれていたように思う。

病院で自分がコットンウッドのアレルギーだと知った時、親しみを感じている土地の、美しく見えるものに対して自分がアレルギーだということに、ちょっと哀しくなったのを覚えている。

では、そもそも、なぜシベリアでプーフが大量に飛ぶようになったのか。

ポプラは成長が早いため、戦後、都市部の緑化を急いで進めようとした際、ロシア各地の都市で大量に植えられたのだそうだ。

この「戦後に大量に植えられた」という経緯に加え、アレルギーをもたらすということからも、ロシアのポプラは日本の杉の木と少し似ている。

だが、シベリアで長年、美しくもあり、迷惑者でもあったプーフが、近年は、だいぶ減ってきているのだそうだ。成長が早い分、寿命が短い上、木の根も浅い。そのため、急に倒れて電線をちぎってしまったり、道路をふさいでしまったりして、住民たちに混乱をもたらした。その上、多くの人にアレルギーをもたらすやっかい者だということで、大量に刈られ、薪などに使われてしまったそう。

だから、今のポプラは生き残った最後の世代なのだとか。

春の「綿吹雪」が見られなくなるのは残念だが、そういう自分の感慨も含め、人間ってほんとうに勝手だ。

戦後の復興のためとはいえ、自分たちに必要だからとガンガン植えた上で、やっと育ったかと思えば邪魔者扱いし、一気に伐採。

杜甫は「国破れて山河あり」と詠んだけれど、ほんと、大量破壊兵器の話を持ち出すまでもなく、現代の戦争では、山や川だって無傷では済まない。

そもそも、自然界からすれば、自分たちで建設した家や街を、自分たちでせっせと壊し、また建て直す人間という生き物は、とても異様な存在に違いない。

最近、人間が人間をたくさん殺す事件や、環境汚染の問題に心を痛めることが多いけれど、

自然界の方は、殺し合いなどそろそろやめて、人類には団結して自分たちを守ってもらいたいと思っているんじゃないかな。もし愚かすぎてそれが無理だとしても、死ぬなら人類だけにしてくれ、と。