イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

イルクーツクは川の街

イルクーツクは川の街でもある。

そもそも、名前の由来が、アンガラ川の支流であるイルクート川だ。

イルクート川は、イルクーツクの街の中心部に寄り添うように流れるアンガラ川の途中から、そっと、控えめに始まる。

バイカル湖から流れ出る唯一の川であるアンガラ川の、滔々として自信に満ちた流れとくらべるとだいぶ地味だけれど、沿岸には無作為の自然が残っている。

いかにも自然らしい姿で。

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去年の秋のイルクート川

二つの川が合流する地点には、古い波止場があって、ペレストロイカの時代、つまり30年以上前から停泊している船がたくさんある。ずいぶん長い間、使われていないということなのに、ずっとそのまま泊まっている。

廃船になったまま放置されているのなら、それはそれで独特の迫力があるし、

まだ動かせる状態に保たれているのだとしても、使わない船を何十年もそのままにできるおおらかさが街にあること、

つまり街の中心部近くにおいて、時間がこれだけのスパンと空間的規模において「止まったまま」でいられることに、ちょっと感動を覚える。

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家から連れ出されて、途方に暮れている我が家の猫

船たちに劣らず無為無策

 

シベリアの交通というと、どうしても鉄道ばかりが注目されがちだが、アンガラ川沿いにダムができるまでは水運も盛んで、昔のアンガラ川には、たくさんの船が行き交っていたそうだ。

女性の川とされるアンガラ川は、やがて男性の川とされるエニセイ川と合流し、ユーラシア大陸最大の水域を形成しながら、北極海に流れ込む。

実際にはダムもあるようなので、一気にとはいかないが、いつかバイカル湖から船でこの川をえんえんと下り、北極海まで行ってみたい。

きっと、川とは何なのか、ということが肺腑に染みわたるように分かり、これまでとまったく違う世界が開けることだろう。