イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

番組の再放送&暑いけど魚がおいしい日本

取り急ぎ、お知らせです。

先週末、NHKラジオの番組「マイあさ!」で

イルクーツクの今についてお話ししたのですが、

その内容が、9/20(火)、つまり明日の午前8時15分頃に再放送されるそうです。

 

さて先日、

ウランバートルを経て、またまた日本に帰国。

まず驚いたのは、9月に入っているというのに、汗だくになるほどの温度と湿度。

イルクーツクは早くから気温が10度前後となり、

今日に至っては、いよいよ暖房が入ったというのに。

 

これはシベリア育ちのスラバはもちろん、

大陸で二十年以上住んできた私にとっても想定外のことで、

思考も生活のリズムも乱れがちに。

昼にスローダウンした仕事の遅れを夜に取り戻そうとするあまり、

すっかり夜型になってしまい、

かといって明け方も寝つけず、

さらにばてるという悪循環。

 

一方のスラバは、すやすやと眠れているようなので、

いいなあ、と思っていると、

「幼稚園の頃、昼寝の時間にいつも速攻で寝ていたので、

『ちゃんと昼寝ができる子』として表彰されたことがある」とのこと。

さすが!!!

 

そこで思い出したのが、亡き母が

「褒められたことって、忘れないものよね。学校でお掃除の時、

雑巾の絞り方が上手だって先生に褒められたの、今でもよく覚えているから」

と言っていたこと。

 

さらに記憶をたどると、私にもこんな経験が。

中学生の頃だったか、給食で出たさんまを食べ終わると、

魚の骸骨だけが残った私の皿を見て、担任の先生が

「おお、すごくきれいに魚を食べているじゃないか。ほら、みんなもこういうふうに食べなくちゃ」

と言ったのだった。

 

これは、褒められて嬉しかったというよりは、

ちょっと恥ずかしかった思い出。

でも、どんなに「たいしたことない」ことでも、

褒められたことはよく覚えている、というのは本当だ。

 

それにたいしたことない、とはいえ、

人は人生で何万回も寝るし、

何千回も魚を食べるし、

どんな怠け者でも数百回は雑巾をしぼる。

 

そのたびに、とはいかぬまでも、

数十回、数百回に一回くらいは褒められたことを思い出し、

ものすごく嬉しい、というわけではなくても、

少なくとも暗い気持にはならずに済むのは、幸せなこと。

 

そうなると、人を褒めること、

つまり相手の長所に気づいて、それを口にすることって、

とてもささいなことであっても、

予想以上の長い時間にわたって、

人生に良い循環をもたらすことなのかもしれない。

 

それに、「寝つきの良さ」の場合、褒められた経験を糧に、

自己暗示もかけられそうだ。

私はすぐにぐっすり、よく眠れる、はず、

といつも思い込むことができるのは、すばらしい。

 

私はいつもちゃんと眠らなくて怒られたクチなので、

何とも羨ましい。

でも、まあいいや、ほら、

せっかく日本にいるのだから、

魚を美味しく食べよう。

 

 

 

しぶとく即物的なマテリアル・ワールド

これは、現実の世界の話だ。SFでも、ディストピア小説でもなく、

ただ、普通のスーパーで起きていること。

抜け穴があるのか、在庫処分をしているのか、イルクーツクに戻ってからも、

スーパーの棚にはまだまだ外国産の商品があり、意外に思っていたのだが、

最近はさすがに、乳製品やコーヒーなどの食品から日用品まで、慣れ親しんだ外国産の品物が少しずつスーパーから消えていっている。

よく買っていたトイレットペーパーのブランドまで撤退すると聞いた時は、

思わずため息をついた。

棚はすぐに、ロシアや中国のブランドの代替品で埋まるのだが、

それらは微妙に開けにくい容器だったりする。

聞いた話では、商品の中には、中身はロシア産でも、パッケージは日本をはじめとする外国産に頼ってきたものが少なくないからだそうだ。

だからロシアに戻ったばかりの頃は「缶詰ひとつ自分の国では作れていなかったとは!」という驚きがロシアの友人たちの間で広がっていた。

ソ連時代の印象から、基本的にロシアは自分たちで何でも作れる国だ、と思っていた人が多かったのだろう。

コカ・コーラの撤退により、コーラまでロシア産、中国産などの代替品が登場したので、普段はコーラを飲まない私まで、好奇心から飲み比べてみたりした。

ロシア産コーラは、人工甘味料的な甘さが微妙に強くて、ちょっと懐かしい味がした。

 

一方、アルコール類やお茶は、まだまだ外国産が売られている。

商人というのはたくましい。どこかで商品が欠けていれば、べつのどこかから必死で運んできて、付加価値をつけて売る。

つまり、イルクーツクについて言えば、

外国ブランドの商品に不足があればあるほど、

それを自国から陸路で運ぶことのできる、中国やモンゴルの商人が儲かる、ということだ。

 

モスクワでは、マクドナルドやスターバックスが撤退し、

違う名前のブランドが引き継いだというが、

そもそもイルクーツクはマクドナルドもスターバックスもない空白地帯なので、

この点はあまり影響を受けていない。

 

どういうわけかKFCはあるが、こちらは相変わらず人でごった返している。

農村からはるばる出てきた人々にとってはいまだに観光地の一つだからだ。

つまり農村地帯に住む、ごく普通の人々の大半は、

何も深くは考えてはいない、ということだろう。

 

これだけの経済制裁を受けていながら、

不買運動がほとんど起きていないのも、不思議だ。

かつて中国で反日運動が起きた時だって、ここまで無関心ではなかった。

当時は、日本車は肩身の狭い思いをしていたし、

盛んに繰り広げられる反日デモを見物しにきた野次馬たちは、

日本製のカメラでデモを撮影していたりしたものの、

さすがにその大半はブランド名をテープで隠していた。

 

唯一疑わしかったのは、スラバがロスマンズのタバコを買っていた時、

レジで後ろに並んでいたおじいさんが、

「なぜロスマンズなんだ、何でなんだ?」

と、尋ねてきたこと。

それを私は彼の口調からの印象で、

「うーん、それは哲学的な質問ですね」

と答えて、かわしてしまった。

そもそもロシア製のタバコはどこでも売っているわけではないから、

国産を買えという意味ではないだろうと思ったのだ。

スラバも、「美味しいのかどうか気になってただけじゃないかな」とのこと。

というわけで、今でも、あの質問の意味は謎である。

 

ちなみに最近、近所で売られているタバコに、

JTIのマークがついている割合が高くなっている。

JTはロシアでの事業の展開を一時的に停止しているはずなので、

どういうわけなのか、よく分からない。

まさか、シベリアはロシアではないのだろうか?

 

政治の世界と商売の世界は別、というのはよくあることなのだろうが、

「経済制裁っていったい何?」と思うことしばしばの、今日この頃。

地元産が増えるチーズ売り場などを見ていると、

地産地消が進むという意味では、

プラスの効果も小さくない気がしてしまう。

 

もちろん、返り血を浴びることを恐れず、

戦火に頼らずにロシアの暴挙を止めようという

諸外国の志には感謝しているのだけれど。

ARTSCAPEのFOCUS欄にてイルクーツクの伝統建築について

ArtscapeのFocusという欄に投稿しました。イルクーツクの伝統建築の行方、まだまだ気になります。

https://artscape.jp/focus/10178130_1635.html

猫が飛ぶのも運次第

今回、イルクーツクに戻った理由はいくつかあるが、その一つが、

愛猫ガーニャをいつでも日本に連れて行けるようにしておく、ということ。

つまり、狂犬病の予防注射などを打って、

証明書などを揃えておきたかったのだ。

今のところは日本への本帰国を考えているわけではないが、

将来が不透明ななか、できることはしておきたい。

 

だが、予約を入れておいた動物病院Aに行ってみると、

同じ日にできると期待していた、ICチップの挿入とワクチン接種は

別々の日に行うことに。

しかも、接種のため予約日にふたたびガーニャを連れて行くと、

「ワクチンは二種類必要ですが、今その内の一つは切れているので、うちでは一種類しか打てません」と言われ、

悪いが二種類目のワクチンは、自分で別の病院に行って探してくれ、とのこと。

なぬ!!!

何のための予約だったのだ!!!

と戸惑うも、

めげずに、同じ系列の別の病院Bを探して訪ねてみると、

「うちにも、一種類しかワクチンがない」

とのこと。

幸い、病院Bに無い方のワクチンが、病院Aにはあるということだったので、

経費を抑えるため、病院Bから病院Aにワクチンを運んでもらい、

無事一回目の接種終了。

動物用パスポートにも記録してもらい、一安心!

「なめんなよ」顔のガーニャ。

人間の年で数えれば50代というおじさん猫の初パスポートだが、

自動的にロシア国籍?になるらしい。

 

しかし、ここまで終わるまでに、予約の時も含め、

すでに5回病院に行ったことに。

予想では1回で済むはずだったので、先が思いやられる。

ロシアでは、役所での手続きを済ませる時の人間と同じく、

国境を越えたい猫もあっちこっちにとばされ、まるでピンポン玉。

 

しかも気苦労はまだ尽きない。接種は二回必要だからだ。

一回目がこんな調子なのだから、

二回目の時もワクチンがちゃんとあるという保証はない。

経済制裁のあおりで、ロシア国内のワクチン不足は目下加速中らしく、

心中ハラハラだ。

 

外国産が減ったことで、昨今のロシアのスーパーでは、

日用品、食品などに、あれこれ地場産のものが増えているが、

ワクチンは国際獣疫事務局の基準を満たさねばならないので、

ロシア産では駄目なのだとか。

 

帰途、病院の庭にはこんなスローガンが。

Медицина лечит людей, а ветеринария человечество.

「医療は人を癒すもの、獣医学は人間性を癒すもの」

すばらしいスローガンだが、

どんな医学も、

理不尽な情況を生み出す

人間社会の愚かさは癒せない。

 

 

 

 

ラジオ出演&旅の写真(補足版)

今日、16日土曜日、早朝5時45分前後から、

NHKラジオの番組『マイあさ!』の「海外マイあさだより」というコーナーで

先日出かけた旅についてお話ししました。

聞き逃しサービスで7月23日の早朝4:55まで聴くことができます。

www.nhk.or.jp

以下は、今回お話しした内容にまつわる写真です。

 

アンガラ川を巡航する船、残念だったのは甲板の壁が高すぎて、

背の低い私は甲板から何も見えなかったこと。

 

でも、船窓からの風景もなかなか。

 

ブラーツクのダム

 

バイカル・アムール鉄道の中継地

 

北岸から眺めたバイカル湖

イルクーツクの奇景 ちょっと不思議編

ときどき、自分の不器用さに自分であきれる。

昔からいろいろな種類のことを、同時にそつなくこなすことが苦手で、

それに期限厳守とかが加わると、軽いパニックになることさえあった。

 

若い頃、何を血迷ったか、月刊誌の編集の仕事をした時などは最たるもの。

特集や連載の企画、取材、原稿執筆、原稿の依頼、推敲・校正、目次や索引づくり、レイアウト、広告作成や営業の手伝いなどを、

一カ月ごとのサイクルで、残業てんこもりでやらねばならなかったので、

もうギリギリ限界!

ということがよくあった。

 

石の上にも三年というが、

2年以上やっても、やはり苦手という意識は変わらなかったので、

自分は物書きと翻訳に専念しようと決心して、今に至る。

 

もちろん、編集の仕事をやって無駄ではなかった、と思うこともよくある。

一番は、「締め切りは厳守しないとあれこれ迷惑がかかる!」

という点が身に染みて分かったこと。

100パーセント実践を伴っているとは言えないとしても……

あと、広告という存在の便利さも怖さも、ある程度分かった。

 

ところで、今また、仕事の混み具合が、

少し自分を落ち着かせねばならないほどになっている。

そこで気分転換、言い換えれば現実逃避のために、

イルクーツクの奇景シリーズを再開。

 

まずはこれ。

広告だとしても、どんな効果があるのかがそもそも謎だし、、

運転中に初めて見た場合など、気を取られすぎて危なそう。

 

そして、この車のすぐ先にあったのが、こちら。

意図してかどうかは分からないが、

なんか幾何学的。

青い部分の面積を計算せよ??

などと言われそうで、何気なくひるむ。

 

今日の最後は、これ。

こちらで日本の中古車を見かけることは多いのだが、

この組み合わせが目に入ったときは、

まるで時空の秩序が狂ったようで、

自分はどこにいたんだっけ?といった、

ふわっとした混乱に陥った。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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