イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

ゆうれい広告

我が家の近所には、

ちょっと中途半端な空間がある。

 

そこは、

曲がり角の見晴らしを良くするためにしては

ちょっと広すぎるけれど、

休憩用の場所でもなさそうだし、

そもそもベンチも花壇もない。

 

集合住宅の壁に優雅な影を落とす、

一本の木が生えているだけで、

それ以外は草が茂っているだけ。

 

何か用途がありそうでなさそうな、

いわば無駄な場所だけど、

それがあるお陰で、

街の中心部にちょっとした緩さが生まれていて、

そう悪くないと思っていた。

 

それが先日、ふっと謎の霧が晴れた。

じつはここには昔、

かなり大きな広告塔が立っていたのだそうだ。

何年もそこに堂々と立っていたものの、

ある日、ひょんなことから

それがまったく違法であることが判明した。

 

何年も街の真ん中にありながら、

誰もそれが違法だと気づかなかったというのも、

へええーという感じだけれど、

さらに驚いたのは、逃げ足の速さ。

 

違法だとバレたとたん、

長年、堂々と費用を徴収していた偽の広告業者はドロン。

 

結局、今に至るまで、

誰が看板を建てたのかも、

広告費の行方も不明なのだとか。

 

何だか、中国の地方都市なんかでもありそうな話だけれど、

イルクーツクでは場所が場所だけに、

広告塔はよっぽどそれらしく立っていたのだろう。

何だか、超ベテランの詐欺師みたいだ。

 

怪しく、妖しい、ゆうれい広告。

空間をワープして、もしかしたら

今はまったく別の場所に現れているのかも?