イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

夏の傷を癒す秋

正確な言い回しは思い出せないのだが、

「自然に『異常』ということはないんだよ」とこちらの人が言っていて、

頷かされたことがあった。

確かに、人にとっては異常な災害をもたらす嵐や洪水も、

大自然にとっては、「自然」なことだ。

だがそれでも、今年のシベリアの自然は多難だったと思う。

 

まず深刻だったのは、記録的な規模に及んだ山火事。

私たちが8月上旬に空路でハバロフスクからイルクーツクに向かった時も、

サハ共和国で起きた森林火災のばい煙のせいで、

飛行機がイルクーツク空港に着陸できず、

1000キロ先のクラスノヤルスクに不時着した。

 

不時着で1000キロ先だなんて!と、

火事および大陸のスケールの大きさに驚く。

 

かねてから、クラスノヤルスクは訪れてみたい街だったけれど、

べつに空港の椅子で寝泊まりしたかったわけではないので、

ちょっと残念な初訪問に。

 

翌日、飛行機がふたたびイルクーツク空港に向かった時も、

着陸直前まで滑走路が見えないほどの煙たさにハラハラさせられる。

無事着いた時は、乗客の間で自然と、パイロットを称える拍手が起きた。

 

じつは一昨日、イルクーツク州で、

やはり濃霧による視界不良によって、小型の旅客機が墜落した。

そのニュースを耳にした時、心痛めると同時に、

改めてあの日、無事着陸できたことに感謝した。

 

話を元に戻すと、

多くの航路がマヒし、空港が待機者で溢れ返ったほど、

今年の山火事はひどく、

「まだ燃えているらしい」と聞くたび、私の気持ちは沈んだ。

重要な二酸化炭素吸収源であるタイガの大規模な焼失は、

環境への影響も地球規模であるだけに、そら恐ろしくもなった。

 

でも、それほど悲惨な喪失があっても、

森の木々たちは嘆いたり悲しんだりなどせず、

夏が終わるやいなや、

せっせと秋の装いをまといはじめる。

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その、うまずたゆまず、できることをするだけ、といった落ち着きぶりは、

人の心を静かに揺さぶる。

ずいぶん勝手な感動ではあるのだけれど。

 

もちろん、人間の方はそんなに落ち着いてちゃだめなはずなので、

こういったインパクトある看板を目にすると、ちょっとほっとする。

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ところで、今年、異常だったのは火災だけでない。

それに続いた降雨も少なからぬ水害につながり、

アンガラ川の氾濫によって、川の中州にあった家の多くや、

岸に近いショッピングモールが冠水した。

 

今に至ってもアンガラ川の水位は高く、

地面もじめっと冷たい。

ジャガイモが大量に腐ってしまったとかで、

自家菜園をやっている人たちは収穫の悪さを嘆いているし、

川岸の木も根が水に浸かってしまうなど、

イルクーツクは何かとまだ「水びたし」だ。

 

いわば火責め水責めだった、今年のシベリア。

秋の黄金色の爽やかさは気分を晴らしてくれるけれど、

今後のことを思うと、心はやっぱりざわざわしてしまう。

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