イルクーツクの風の音 

ロシアの中部、シベリアの南、ヨーロッパ文化の辺境、アジアの片隅、バイカル湖の西にある街を拠点にしている物書きの雑記帖                  written by Asami Tada ©2020多田麻美

『上海 特派員が見た「デジタル都市」の最前線』

しばらく翻訳で忙しい日々が続くのだが、

少しずつ、最近読んだ本の紹介を書いていこうと思う。

まずは、工藤哲さんの

『上海 特派員が見た「デジタル都市」の最前線』(平凡社新書)

上海は初めて一人で渡った外国の町だ。確か1993年末、

日中間のフェリー「鑑真号」で黄浦江づたいに上海に着いた時の印象は

今も強烈に残っている。

船着き場の建物は今よりずっと簡素で小さく、

地下鉄などには独特のにおいがあった。

 

それからあと少しで「ひと昔×3」も経つだなんて、まったく信じられないが、

上海がその後たどった急激な変化は

そんな感傷さえ吹き飛ばしてしまうくらい強烈だ。

北京に住んでいた頃はその変化をある程度は追えていたし、

イルクーツクに移ったばかりの頃も、

コロナ禍が来る前だったこともあり、ごく気楽に、

日本とシベリアの間を移動する途中などにまた訪ねられるだろうと思っていた。

 

だが、そんなことはとても無理なまま何年も経った今、

この本の存在はとても貴重だ。

 

まず、経験豊富な記者さんのレポートだけあって、

必要な情報が過不足なくつまっている。

生の声を要所要所でしっかり拾っているので、その場の空気まで伝わってくる。

 

それにしても、上海のデジタル化の進行具合は予想以上だった。

規制のゆるさなども利用しながら、試行錯誤を繰り返しつつ、

大胆に前に進んでいく様子、「規制内で最大限」ではなく、

「規制を現実に合うように変えようとする」柔軟さは、

私が知っている上海がさらに一層パワーアップした感じだ。

日本の文化やコンテンツへの関心の高さも衰えていないようで、ほっとした。

 

個人的には、『武漢日記』の方方さんのインタビューも興味深かった。

方方さんは実力派の作家で、その小説の表現にも何ともいえないリアリティがある。

そんな彼女が語る言葉はやはり重い。

 

子供の教育方法や子供が目上の人に対して

改善できる点を大胆に指摘する態度も興味深い。

上海を知ることで、現代の日本の状態や課題も見えてくる感じで、

考えさせられ、心配にもなった。